2025年 12月 25日
おかげさまで・・・ |
お久しぶりでございます。
今年こそは何か記事を更新しようと思いつつ、
あっという間に年末になってしまいました。
さて、当ブログですが管理人がバスや鉄道、船などの乗り物趣味を皆様と共有したい
という思いで2005年12月25日に初めて記事を投稿しました。
ふと気が付けば今日で20年という節目になりました。
そこで最初の記事にアップした写真をもう一度ご覧いただければと思います。
たぶん1976年に撮影した中央バスの1975年式いすゞBU20D形です。
50年前に作られたバスがまだ新車だった頃ですね。
中央バスの路線バスは1975年式から前扉の窓が上下連続窓になりました。
いすゞ車は正面窓隅の縦桟が73年のマイチェン時に無くなっているので
前扉窓の連続化と相まってずいぶん近代的に見えました。
フロントに付くいすゞの唐草マークはこの年式が最後になりました。
こちらは同型車で中央バス札22あ1255、南郷営業所のバスです。
今は無き東72系統に札幌駅前・富士銀行前で乗車した際に撮影しました。
1975年撮影で、まさしく新車入りたての時の画像です。
この年式から座席の色が鮮やかな緑色になって車内の雰囲気が変わりました。
同時に肘掛の形状も変更されたように記憶しています。
国鉄ハイウェイバス名神高速線で名古屋から大阪に戻る際に乗車した
1981年式の三菱ふそうMS504R形です。
側面の窓がすべて固定窓になったドリーム号仕様で富士重工モノコック車体の
最終増備車になります。
低く長い国鉄ハイウェイバス専用車はとにかくカッコよかったですね。
高速道路のランプウェイでぐんぐん加速していくのは気持ちよかったです。
当時(1983年頃)はまだV12気筒エンジンを搭載した三菱ふそうB906R形や
水平対向12気筒の日野RA900P形も少数ですが活躍していました。
写真のモノコック最終増備車は座席も改良され4列シートはより大型になって
座り心地もよく快適でした。
最後は中央交通のネオプランN117/3シティライナーです。
1977年に登録されたネオプラン日本導入1号車です。
国産車のモノコック車体とはまるで違う洗練された外観のインパクトは強烈でした。
メルセデスベンツ製のエンジンを搭載していたことも話題になりました。
このバスは鉄道雑誌でも紹介され、凄いバスを導入したなあと思っていたら、
なんと1週間後に札幌で見かけて度肝を抜かれました。
私が高校3年生の時の出来事で、南4条バス停で東72系統のバス待ちをしていた時、
信号が変わりそろそろ来るかなあと思い、曲がってくる交差点方向を見ていたら
やってきたのはいすゞBUでも日野REでもなくネオプランシティライナーでした。
トムとジェリーのように私の目玉はたぶん飛び出していたのではと思います。
というわけで20年前の12月25日に掲載した写真を振り返ってみました。
この20年間、いろいろなことがあり、また多くの出会いがありました。
当ブログにお付き合いいただいた皆様には感謝しかありません。
なかなか更新ができず恐縮ですが今後ともよろしくお願いいたします。
私事で恐縮ですが母が1月に他界しましたので年始の挨拶は控えさせていただきます。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。
皆様どうぞ良いお年をお迎えください。
by vanagon714
| 2025-12-25 16:27
| 懐かしのバス
|
Comments(2)
こんばんは。すっかりご無沙汰しておりました。
そしてブログ開設20周年おめでとうございます^^
開設当初に投稿された写真で、まず半世紀前に撮影された中央バスの新製間もないいすゞBUですが、改めて同社のBUは当時は本当に大勢力で、札幌・小樽各市内線から郊外線まで大半の一般路線で幅広く活躍していましたね~
また、当時はツーマン路線もまだ少なからずあり、それに対応できる様、確かに中扉の後方は車掌台のスペースで、窓枠も異なっていたのが時代を感じさせます。
後、3枚目のネオプラン車は国鉄ハイウェイバスでもモノコックが当たり前的であった時代、準2階バスというスタイルと設備でそれまでの常識を本当に覆しました。
その後、1980年代には2階建てバスが数多く導入されていき、特に観光地では常に見受けられたもので、まさしくネオプランの黄金期といっても過言ではないでしょうね~
本年もお世話になりました。
どうぞ良いお年をお迎えください^^
そしてブログ開設20周年おめでとうございます^^
開設当初に投稿された写真で、まず半世紀前に撮影された中央バスの新製間もないいすゞBUですが、改めて同社のBUは当時は本当に大勢力で、札幌・小樽各市内線から郊外線まで大半の一般路線で幅広く活躍していましたね~
また、当時はツーマン路線もまだ少なからずあり、それに対応できる様、確かに中扉の後方は車掌台のスペースで、窓枠も異なっていたのが時代を感じさせます。
後、3枚目のネオプラン車は国鉄ハイウェイバスでもモノコックが当たり前的であった時代、準2階バスというスタイルと設備でそれまでの常識を本当に覆しました。
その後、1980年代には2階建てバスが数多く導入されていき、特に観光地では常に見受けられたもので、まさしくネオプランの黄金期といっても過言ではないでしょうね~
本年もお世話になりました。
どうぞ良いお年をお迎えください^^
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白鳥号さん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
ご無沙汰しております。
ブログ更新が滞ってしまい申し訳ありません。
当時中央バスにBUはたくさんいましたよね。
50年前に撮影したなんて、私も年をとりました。
ワンマンのプレートや中乗り・後払いのプレートなど、まだまだツーマン車に乗りなれた人へのアピールが必要な時代でもあります。
いすゞの路線車はこの後CJM(A)→キュービックLV→エルガ初代→現行エルガと進化しましたね。
国鉄ハイウェイバスも富士重工モノコック車が標準車として長年にわたり活躍していましたが、R3形へのモデルチェンジを機に一気に進化したように感じました。
ネオプランは一世を風靡した名車ですが、EUの車体規格の変更を機に日本には入らなくなりましたね。
ぜひ日本も車体幅を2.55mにしてはと思うのですが如何でしょう?
コメントありがとうございます。
ご無沙汰しております。
ブログ更新が滞ってしまい申し訳ありません。
当時中央バスにBUはたくさんいましたよね。
50年前に撮影したなんて、私も年をとりました。
ワンマンのプレートや中乗り・後払いのプレートなど、まだまだツーマン車に乗りなれた人へのアピールが必要な時代でもあります。
いすゞの路線車はこの後CJM(A)→キュービックLV→エルガ初代→現行エルガと進化しましたね。
国鉄ハイウェイバスも富士重工モノコック車が標準車として長年にわたり活躍していましたが、R3形へのモデルチェンジを機に一気に進化したように感じました。
ネオプランは一世を風靡した名車ですが、EUの車体規格の変更を機に日本には入らなくなりましたね。
ぜひ日本も車体幅を2.55mにしてはと思うのですが如何でしょう?





