追分駅 今昔 1975&2006 |
上は1975年、追分駅の跨線橋より撮影した写真。
同じ場所に2006年6月立ってみた。
下の写真、右手ホームの先に見える小屋のような建物が当時から現存しているようだ。
上の画像の左端の建物、場内信号掛の建物で、「225~5番発車~」などと放送機器を使いアナウンス。雨に煙るなか225レ牽引のD5153を画面中央奥にある踏み切りから撮影しました~懐かしいなぁ…
下の画像、石勝線開業でホーム延長したのでしょうね。
石勝線開業で特急用にホームを延長したんですねー
特急が止まるようになったの良いことだけど、駅自体はやはり衰退ですよねー 左に見える広大な草原はたぶん駅構内だったところですよね。
左の空き地は元機関区のあったあたりでしょうね。あの頃、何台ものD51や9600がいて…12月14日のさよなら列車を撮影後、右に見える丘から駅構内を見下ろす場所でD51を撮影したのですが、1両また1両って火を落とす作業をしているのが判りました。今サロマに保存されているD51565などがこの日、火を落としました。悲しく見ていたのを昨日のことのように思い出しています。ブログに追分(ひぐまバージョン)アップしました。見比べて見て下さいね!
(^^;;
定点撮影は重要な資料価値がありますね。ただ見ていると淋しい気がします。下の写真にCGで機関車を配置して,かつての追分にしてあげたい心境です(^^)。
機関区が廃止されても暫く運転要員の配置は行われていましたが,最近は無いようですね。駅員も平日のみのようですし…。
蒸機の香ばしい煙が有る時代へ帰りたいです…。