旧夕張鉄道線の遺構 |
縦長の写真で見辛いですがよろしければご覧下さい。
数年前まで残っていた野幌駅の腕木式信号機と電柱です。
後方にJR函館本線が見えます。
今は撤去されてパチンコ屋が出来ています。
北海工機前には腕木式信号機で作ったモニュメントと解説があります。
北長沼駅跡にも立て看板があります。
栗山町の国道には旧夕鉄線を跨ぐ陸橋が残っています。
あれだけ長い距離を走った鉄道ですので、探せば遺構があちこちに残っているようですね。野幌付近の腕木式信号は、何かとても寂しそうです。
地図を見ると、夕鉄線の跡地が一目瞭然で、大変判りやすいですね。わざとらしく道路が陸橋になっているなどして、いかにも線路跡と云う感じがします。
栗山駅付近の写真がありますので、コラボさせて頂こうと思います。
夕鉄線跡は道路になっていたりして、それなりに活用されてきていますね。
廃止になってから40年近く経ちますから遺構も無くなりつつありますが・・・
栗山駅のコラボ写真ありがとうございます(^^)
札幌までの乗り入れさえしていれば‥
どういう理由で乗り入れしていなかったのでしょうか?
札幌に住んでいた小学生には「夕鉄」はあまりしられていませんでした。
ただ、小5の担任の先生が野幌に住んでおり、遊びに行った時に存在を知りました。
やはり乗り入れは国鉄に拒否されたのでしょうかね?
乗り入れが出来れば今は違った形になっていたかもしれませんね。
私も小学校時代は夕鉄バスはよく遠足で乗りましたが、
夕張鉄道は知りませんでした。
やはりあと10年早く生まれていればと思っちゃいます(^^;;;
詳細解説いただきありがとうございます。
ここは北海鋼機駅跡だったのですね。
専用線で残っていたので信号機も最近まで現存していたのですね。
ご説明頂いた野幌駐泊所あたりは70年代の航空写真で見てみたいと思います。
「幸せの黄色いハンカチ」感動しましたがずいぶん前に見たきりです。
もう一度じっくり見てみようと思います。
夕張のセットも見たいですね。
詳細解説ありがとうございます。
夕鉄キハ251は当時最新鋭の気動車だったのですね。
函館本線はSL牽引の旧客が全盛のころでしょうか?
国鉄としては見劣りするばかりでなく性能差があって受け入れ難い状況
だったのでしょうか?
夕鉄線は函館本線と室蘭本線の短絡線なので直通列車を入れたくなかったの
かもしれませんね。
臨時の海水浴列車ならばOKだったのでしょうね。
炭鉱の隆盛時には資金が豊富だったので、国鉄より先行して液体式気動車の導入もし景気が良かったですね。
一度だけ乗車の機会がありました。
その時の様子を交えてコラボしましたのでご覧下さい。
コラボありがとうございます。
早速拝見しました。
北海道の私鉄はどれも衰退が早くて残念です。
せめてあと20年くらい残っていればもっと面白かったなあと思います。
今残っていれば夕鉄も定鉄も通勤輸送や買い物輸送で賑わっていたかも
しれませんね・・・
夕鉄線は1973年に2度乗車しました。その時の映像探してみます。
夕鉄廃止時に南幌が宅地化するとは誰も想像できなかったかもしれませんが、夕鉄も定鉄も現存していたら需要が見込めそうですよね。
JRと相互乗り入れで直通運転できたら・・・なんてことを想像してしまいました。
南幌はすっかりベッドタウンになりましたよね。
夕鉄線が現存していたら・・・南幌~札幌間は快速で30分ほどでしょうか?
キハ201で直通なんて考えたらワクワクしますね。
夕鉄線の遺構、ゆっくり探せばまだまだ見つかるかもしれませんね。
野幌から南幌へ向かうきらら街道は旧夕鉄線を利用して造られた道路ですが、
運転しながら晩翠のあたりではついつい妄想してしまいます(^^;;;
了解しました~(^^)