エポックメーキングなバス達(観光バス) |
その分個性が失われたように感じますが両社とも非常に高品質なバスを作っている印象です。
ここに至るまで、1970年代後半から登場したエポックメーキングなバス達を振り返ってみたいと思います。
既存の画像で恐縮ですがよろしければお付き合いください。
まずは何と言っても日野スケルトンバスです。
最初の車は1978年に完成しました。
管理人は高校時代、環状通で見かけたデモ車に度肝を抜かれました。
道内では沿岸バスが1980年、最初に導入しました。
ツライチに閉まる両開き扉も素晴らしいです。
それまでのブームだった過剰装飾に別れを告げるクリーンでシンプルなデザインですね。
日野スケルトン車の完成とほぼ同時期、中央交通により1台のバスがドイツより輸入されました。
ネオプラン・シティライナーです。
そのインパクトは計り知れないですよね。
バス好きでなくても乗ってみたいバスだったのではと思います。
それまでどちらかというとアメリカ風の丸みを帯びたモノコックバスを作っていた国産メーカーも
日野スケルトン車とネオプラン車の登場で一気にヨーロッパ型デザインに舵を切ります。
富士重工ではネオプラン風のバンパーと大型フロントガラス、側面カーブドガラスを備えたR3型を発表、
4メーカーのシャーシに対応して爆発的にヒットしました。
この後改良が進み完全リベットレス、3軸超高床車も発売されました。
観光バスでは高いシェアを誇る三菱ふそうは1983年、満を持してエアロバスを発表します。
イタリア人デザイナーがデザインした流麗な車体、専用にデザインされた前後の灯火類、
スーパー・コンプストラクチャと名付けられたモノコック・スケルトン複合構造の車体骨格、
国産初のフロント独立懸架サスペンションなどすべてにおいて画期的なバスです。
1977年に初上陸を果たしたネオプランは全高を3.8mに押さえた日本仕様の2階建バス・スカイライナーを導入、全国にユーザーが拡大しました。
1985年、国産メーカー3社が相次いで2階建バスを発表します。
最初にデビューしたのがUDのスペースドリームです。
その技術はノンステップ路線バスに受け継がれたのではと思います。
さて大型4メーカーで唯一2階建バスには手を出さなかったのがいすゞです。
居住性の悪い2階建てバスのブームは一過性と判断し、2軸の超高床観光バスを開発しました。
1986年、スーパークルーザーがデビューします。
スーパークルーザーではフロント車軸を後方に移動し前後の軸重配分を改善しました。
その結果、2軸で3.66mという超高床車が完成しました。
さらに信頼性の高い10スタッド・ホイールを採用、これらは今日の観光車のスタンダードとなりました。
以上、管理人が思いついたエポックメーキングなバス達を紹介させて頂きました。
Jバスと三菱ふそうには次世代の観光バスに期待したいですね。
合わせて画期的な次世代路線バスの登場も楽しみです。
最後はおまけ画像です。
コメントでは、ご無沙汰しております。
日野スケルトンは、私の生活圏では見かける機会が、ほぼ無かったので
こうして記録されているのが、とても羨ましいです。
他にも個性的なバス群を記録されているのは素晴らしいですね。
ダブルデッカーの各メーカー画像は見入ってしまいました(^^)
レッドライン
コメントありがとうございます。
日野のスケルトン車、最初のRS120Pのデモ車は超素晴らしかったです。
学生時代に訪問した日野の工場入り口に展示してあったのですが撮影しなかった事が今となっては残念です。
1970〜80年代は次々と画期的なバスが登場して、見ていてテンションが上がりました。
1970年代末頃までの観光バスと言えばモノコックがほとんどでしたが、80年代に入ると車体に継目のないスケルトン車からダブルデッカーなど幅広い車両が登場しましたね~
また、全国的に高速道路の整備も年を追うごとに進み、高速バス車両も路線網の拡大と共に確実に増えつつあったのもこの時代で、バスも移動手段のみにとどまらず、質とサービスでも各社競い合う様になったものです。
すっかりブログの更新が滞ってしまいました。
80年代からバスの進化が加速して一気にハイグレード化した感じですよね。
今では観光車、高速路線車とも標準的なHDかSHDに落ち着いたようです。
中二階やUFCタイプなどの低運転席車は衝突時の安全性から今後作られる事は無さそうで残念です。
80年代は各メーカーグレードアップした車両を出してきてバブリーな時代でしたね。
カッコいいバスが次々に登場して目を見張るものがありました。
今や観光バス・高速バスは2種類しかなくなってしまったようなもので、面白みがありませんね(泣)
80年代は仰る通りバブリーな時代でしたね。
貸切バスよりもハイグレードな高速車が次々と登場してビックリしました。
貸切車はなかなか乗れませんが高速車ならすぐにでも乗車できて楽しかったです。
今日では標準化が進んで差別化が車両による難しくなってきましたね。
当時市営バスが導入したスケルトンは高額な車両の導入で話題になってました。
81年いえばまだまだモノコック車が主流でしたからインパクトがありました。
今活躍している車両たちもやがて富士重工や西工が消え初代ガーラも見られなくなると
思うと寂しいですね。
尤も中古車も入って来ているのですぐに淘汰されることは無さそうですが・・・
国鉄ハイウェイバス懐かしいです。
私も昼の名神線やドリーム号によく乗りました。
当時はまだまだ富士重工の専用車体が作られていたのでスケルトン車は特別な車両という認識でした。
エアロシャーシの高速専用車(MS735)はなかなか良かったと思います。
程なく3軸車まで入った時はビックリしましたが。
写真の神姫バスはエアロバス高速路線車では最も早い導入の1台かと思います。
お天気に恵まれず、なかなか出動できません。
ボディメーカーも富士重、西工、新呉羽、アイケイコーチなど
色々あったのですけれど...。
観光バス業界もやっと長い冬の時代から抜け出しつつありそうですね。中国のバブルが崩壊しないことを祈るばかりです。
時間の問題かな?
今年はなかなかスカッと晴れた日が来ないですよね。
昔はシャーシメーカーと車体メーカーが別々に存在し、ユーザーの意向による
様々な組み合わせがありましたね。
今はシャーシと車体の一体開発で完成度が高まった分、バリエーションが減ってしまいました。
インバウンドツアーは需要に供給が追いつかない状況でしょうか?
昔では考えられないくらい外国の方が来るようになりましたね〜
観光バスがインバウンド需要の増加で売れているようですね。
たしかに以前は中古車ばかりだった貸切バス会社に新車のエアロやJバスが導入されているのを見かけるようになりました。
生産が追いつかず納期が長くなると海外のメーカーにとってはビジネスチャンスでしょうか?
スケルトン車が出てきたときは、なんとも未来的?なバスだなぁ~と感じました。
あっという間に路線車まで広まって、気がついたらモノコック車は無くなってました。
2階建てバスも懐かしいです。乗車する機会には恵まれませんでしたが、道央道が滝川までだった頃は高速あさひかわ号が滝川ターミナルに乗り入れていて見かけました「でかい!」って感じました。
モノコック→スケルトンに切り替わった時期は本当にバスの転換期ですよね。
過渡期にはモノコックのままリベットを減らしたり大きな窓を付けた車もありました。
車体については今ではすっかり技術的に安定しているように見えますね。
2階建バスは旭川便の高速車でけっこう使われましたね〜
グランビューはレアな車両だったので乗っておけば良かったなあと思います。